「薬剤師は、医師や看護師のように注射が打てないのはなぜ?」と疑問に思いませんか?
薬剤師が注射を打てないのは、とある理由があるから。
その一方で、薬剤師は注射に関連する業務をいくつか担っているのはあまり知られていません。
そこで今回は、薬剤師が注射を打てない理由と注射に関連する業務内容について解説します。
縁の下の力持ちとして、陰ながら働く薬剤師の努力が伝われば幸いです。
薬剤師が注射を打てない理由とは?
薬剤師が注射を打てない理由は法律にあります。
ここでは、その根拠となる法律を紹介します。
薬剤師は『薬剤師法』のもとに業務を行う
薬剤師は薬剤師法に基づいて、定められた業務を行います。
薬剤師法の一文を紹介します。
第四章 業務
(調剤)
第十九条 薬剤師でない者は、販売又は授与の目的で調剤してはならない。ただし、医師若しくは歯科医師が次に掲げる場合において自己の処方箋により自ら調剤するとき、又は獣医師が自己の処方箋により自ら調剤するときは、この限りでない。
一 患者又は現にその看護に当たつている者が特にその医師又は歯科医師から薬剤の交付を受けることを希望する旨を申し出た場合
二 医師法(昭和二十三年法律第二百一号)第二十二条第一項各号の場合又は歯科医師法(昭和二十三年法律第二百二号)第二十一条第一項各号の場合
(処方せんによる調剤)
第二十三条 薬剤師は、医師、歯科医師又は獣医師の処方せんによらなければ、販売又は授与の目的で調剤してはならない。
2 薬剤師は、処方せんに記載された医薬品につき、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師の同意を得た場合を除くほか、これを変更して調剤してはならない。
(処方せん中の疑義)
第二十四条 薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによつて調剤してはならない。
出典:薬剤師法より一部抜粋|e-Gov法令検索
この薬剤師法の中には、注射のような医療行為を認めるような規定はありません。
そのため、薬剤師が注射を打つ行為は禁止されているのです。
ですが、薬剤師法によると、薬剤師の業務には医師が処方した処方せんに基づいた調剤や処方内容の疑義などが明記とされています。
疑義とは、医師が処方した処方内容に関して問い合わせる業務。
薬が正しく処方されているかどうか見極められる能力をもつ薬剤師にしか、この権限はありません。
薬剤師は注射は打てませんが、薬の専門家として患者さんに必要な薬剤を提供することに専念しています。
医療従事者の役割分担を明確にすることで、より高い医療サービスの提供が可能になるのです。
注射行為はそもそも『傷害罪』
薬剤師が注射を打てない根拠は法律にありますが、そもそも、注射は人の体に刺して使うもの。
実は、この「刺す」という行動自体は、日本の刑法において『傷害罪』にあたる行為になります。
第二十七章 傷害の罪
(傷害)
第二百四条 人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
出典:刑法|e-Gov法令検索
注射は刺して使うものですから、適切に使用されなければ、深刻な健康被害を引き起こす可能性がありますよね。
その一方で、医師には「医業」が認められています。
医業の解釈について、厚生労働省が以下のような見解を示しています。
「医行為」についての解釈
医師法第17条に規定する「医業」とは、当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(「医行為」)を、反復継続する意思をもって行うことであると解している。
出典:「医行為」について|厚生労働省
つまり、医師については、医行為に基づいた注射や手術などが認められているのです。
あくまでも、注射は人を傷つける行為にあたる傷害罪。
何年間もかけて高度な医学的知識を身につけた人が「医師」として、その行為が許されるのを忘れてはいけません。
看護師が注射を打てるのはなぜ?
医行為が認められるのは医師のみとお伝えしましたが、看護師も点滴など行っていますよね。
これは、看護師や准看護師、救急救命士についても一部の医行為が認められているから。
以下にその根拠となる法律を示します。
第三十七条
保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をし、又は助産師がへその緒を切り、浣かん腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は、この限りでない。
出典元:e-Gov|保健師助産師看護師法 (特定行為等の制限)
第四十四条
救急救命士は、医師の具体的な指示を受けなければ、厚生労働省令で定める救急救命処置を行ってはならない。
2 救急救命士は、救急用自動車その他の重度傷病者を搬送するためのものであって厚生労働省令で定めるもの(以下この項及び第五十三条第二号において「救急用自動車等」という。)以外の場所においてその業務を行ってはならない。ただし、病院若しくは診療所への搬送のため重度傷病者を救急用自動車等に乗せるまでの間又は重度傷病者が病院若しくは診療所に到着し当該病院若しくは診療所に入院するまでの間において救急救命処置を行うことが必要と認められる場合は、この限りでない。
3 病院又は診療所に勤務する救急救命士は、重度傷病者が当該病院又は診療所に到着し当該病院又は診療所に入院するまでの間において救急救命処置を行おうとするときは、あらかじめ、厚生労働省令で定めるところにより、当該病院又は診療所の管理者が実施する医師その他の医療従事者との緊密な連携の促進に関する事項その他の重度傷病者が当該病院又は診療所に到着し当該病院又は診療所に入院するまでの間において救急救命士が救急救命処置を行うために必要な事項として厚生労働省令で定める事項に関する研修を受けなければならない。
出典元:e-Gov|救急救命士法
つまり、日本で注射ができる医療従事者は以下の通りになります。
- 医師
- 歯科医師
- 保健師、助産師、看護師、准看護師(医師・歯科医師の指示のもと)
- 救急救命士(救急車の中でのみ)
医療従事者それぞれの専門分野で役割を発揮することで質の高い医療を提供しているのです。
薬剤師が注射に携われる仕事は?
薬剤師が注射を打つのは認められていませんが、注射に関わる業務にいくつか携わっています。
ここでは、薬剤師が関わる注射業務について紹介します。
注射薬の発注・在庫管理
病院や調剤薬局などで、注射薬の発注や在庫管理も大切な業務のひとつ。
注射薬は種類が多く、中には、命にかかわる緊急性が高いなものまで取り扱っています。
こうした注射薬の在庫切れが発生しないよう、細心の注意をはらっているのです。
注射薬の保管管理
注射薬は、厳格な温度管理や保管方法が必要な医薬品のひとつです。
正しい保管がされていないと、劣化や変色などが起こり、効果や安全性に影響を及ぼす可能性も。
そのため、薬剤師は注射薬の保管管理にも十分な注意を払う必要があるのです。
例えば、温度管理や湿度管理、光の当たらない場所での保管などが重要です。
注射薬の調剤鑑査・払い出し
医師が処方した注射に誤りが無いか確認するのも欠かせない業務。
注射薬の投与量はもちろん、点滴の速度や混ぜ合わせ(配合変化)などを確認しています。
点滴の速度が適切でなければ、効果が不十分になってしまったり、混ざり合うと効果が弱まったりしてしまいます。
注射で正しく治療できているかどうかチェックするのも薬剤師の責任です。
注射薬の混合調製
一部の調剤薬局や病院などでは、栄養の点滴や抗がん剤といった注射薬の混合調製も行っています。
栄養の点滴は、入院中はもちろん、在宅治療を受けている患者さんも必要とします。
栄養の点滴は雑菌が繁殖しやすいため、清潔操作が必要不可欠。
また、抗がん剤は取り扱いに気を付けなければならないのはイメージしやすいかもしれませんね。
針刺し事故や異物混入など起こらないよう気をつけながら仕事をしています。
注射関連の仕事はここが大変
薬剤師も注射に携わっているのが分かってもらえたと思います。
ここでは、これらの仕事の中で、特に大変なところを解説します。
発注・在庫管理はここが大変
注射の発注・在庫管理では、適正在庫を心掛けています。
「薬が無くなると命にかかわるからたくさん買っておけばいいだろう」ではいけないのです。
薬局や病院の規模にもよりますが、100種類以上の注射薬を取り扱うところもあります。
たくさん買いすぎるとデッドストックになってしまいますし、かと言って、在庫ゼロになってはいけない…。
どの注射薬がどのくらいの頻度で動いているのか、分析しながら購入数を決めているところもあるでしょう。
注射薬の中には、1つ数十万するものもあるため、シビアにならざるを得ません。
勤め先の損失にならないよう適正在庫数を見極めているのが薬剤師なのです。
保管管理はここが大変
注射薬の品質を保つため、保管環境の管理と期限チェックを行っているところが一般的です。
薬は温度や湿度、光などによって品質が変わってしまうくらい非常にデリケート。
注射薬がきちんと効果を発揮するのは、適切な温度や湿度管理をしているからこそ。
病棟などに定数配置している注射薬の期限チェックも薬剤師が担当しています。
万が一、期限が切れた注射薬が使われてしまったら大変ですよね。
最悪の場合、医療事故へと発展してしまう可能性もあります。
こうしたトラブルを未然に防ぐためにも細心の注意を払っています。
薬剤師が管理を徹底しているからこそ、安心して注射を使えているのです。
調剤鑑査・払い出しはここが大変
調剤鑑査では、様々なところを確認しているのです。
患者さんの年齢や性別はもちろん、注射薬の投与量や点滴の速度、投与期間、配合変化など。
ほかにも体重や検査値、食事の摂取状況まで確認しています。
投与後に副作用が見られないかどうかも確認しています。
こうした確認項目のなかで、少しでも「おかしいな」と思ったところは医師へ確認するのが薬剤師の仕事。
なかなか気づかれませんが、患者さんへ注射が正しく使われているかどうか日々確認しているのです。
混合調製の大変なところ
混合調製は安全・清潔に混ぜるのはもちろん、スピードも大切。
栄養の点滴は、雑菌の栄養にもなるため、雑菌繁殖にうってつけの環境。
そのため、感染症の原因とならないよう、清潔操作が肝心なのです。
抗がん剤はそれ以上に気を付けなければならない注射薬です。
抗がん剤治療中の患者さんは免疫力が落ちているため、些細な雑菌でも感染症の原因になってしまいます。
また、外来通院で治療中の場合、待ち時間が長いと疲れてしまいますよね。
可能な限り、患者さんの負担を減らせるよう、安全・清潔、スピーディーに準備するよう努力しています。
まとめ
薬剤師が注射を行えないのは法律で認められていないからです。
そもそも、注射行為自体は『傷害罪』として処罰される可能性がある行為。
医師や看護師など特定の医療従事者にのみ、許された治療行為なのです。
一方で、薬剤師は薬の専門家としての役割の中で医師や看護師などの医行為をサポートしています。
あまり、表舞台で活躍する職種ではありませんし、目に見えるような貢献は少ないかもしれません。
ですが、患者さんが安心して治療を受けられるよう責任を持って仕事に臨んでいます。
もし、薬剤師が頑張っている姿を見かけたら優しい言葉をかけてください。
それが私たちのエネルギーとなり、これからも頑張る活力になります。